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東京地方裁判所 平成8年(ワ)15406号 判決 2000年11月30日

原告

日亜化学工業株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

山上和則

吉利靖雄

右補佐人弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

被告

豊田合成株式会社

右代表者代表取締役

【F】

右訴訟代理人弁護士

大場正成

尾崎英男

嶋末和秀

黒田健二

右補佐人弁理士

【G】

【H】

【I】

主文

一  被告は、原告に対し、金一億〇四八六万円及びこれに対する平成九年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金一億五二三七万八五九七円及びこれに対する平成九年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告は原告の窒化ガリウム系半導体発光素子の実用新案権、窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の特許権の各技術的範囲に属する発光ダイオードチップを製造・販売し、原告の右実用新案権及び特許権を侵害したとして、損害賠償(遅延損害金の支払を含む。)を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、蛍光体及び各種の発光材料並びに関連する応用製品、電子工業製品に関係する部品及び素材の製造・販売並びに研究開発等を業とする株式会社である。

被告は、自動車・搬送機器・船舶等の各種輸送機器用、農業機械・建設機械・工作機械用、家庭電気機器用及び給排水等に関する住宅設備機器用のゴム・合成樹脂・ウレタン製品、半導体を利用する表示・標識器具、電気・電子部品その他の製造並びに販売等を業とする株式会社である。

2(一)  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)を有していた(平成一一年五月三一日存続期間終了)。

登録番号 第三〇二七六七六号

考案の名称 窒化ガリウム系半導体発光素子

出願日 平成五年五月三一日

登録日 平成八年五月二九日

なお、本件実用新案権については、平成五年法律第二六号による改正後の実用新案法が適用される。

(二)  本件実用新案権の願書に添付された明細書(平成一一年二月八日付け訂正請求による訂正後のもの。以下「本件実用新案明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、この考案を「本件考案」という。)。

「ほぼ矩形の平面を有する基板の同一矩形面側に、平面がほぼ矩形のn型窒化ガリウム系化合物半導体からなる第1の半導体層と、矩形の平面からその1つの隅部を含む領域が切欠された平面形状を有するp型窒化ガリウム系化合物半導体からなる第2の半導体層とを備え、該第2の半導体の切欠隅部に対応する該第1の半導体層の表面に第1の電極層が形成され、該第2の半導体層のほぼ全面に透光性の第2の電極層が形成され、該第2の電極層の隅部にワイヤボンディング用の台座電極が形成され、該第1の電極層と該台座電極とは、基板の矩形面の投影面の対角線上の位置に対応する位置に配置されていることを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」

(三)  本件考案の構成要件を分説すれば、次のとおりである(以下、分説した各構成要件を、その符号に従い、「本件考案の構成要件A」のように表記する。)。

A ほぼ矩形の平面を有する基板の同一矩形面側に、

(1) 平面がほぼ矩形のn型窒化ガリウム系化合物半導体からなる第1の半導体層と、

(2) 矩形の平面からその一つの隅部を含む領域が切欠された平面形状を有するp型窒化ガリウム系化合物半導体からなる第2の半導体層とを備え、

B 該第2の半導体層の切欠隅部に対応する該第1の半導体層の表面に第1の電極層が形成され、

C 該第2の半導体層のほぼ全面に透光性の第2の電極層が形成され、

D 該第2の電極層の隅部にワイヤボンディング用の台座電極が形成され、

E 該第1の電極層と該台座電極とは、基板の矩形面の投影面の対角線上の位置に対応する位置に配置されていることを特徴とする

F 窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。

3(一)  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。

特許番号 第二五六〇九六三号

発明の名称 窒化ガリウム系化合物半導体発光素子

出願日 平成五年三月五日

登録日 平成八年九月一九日

(二)  本件特許権の願書に添付された明細書(平成九年一一月一一日付け訂正請求(平成一〇年四月六日付け補正あり)による訂正後のもの。以下「本件特許明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(以下、この発明を「本件発明」という。)。

「n型窒化ガリウム系化合物半導体層と、p型窒化ガリウム系化合物半導体層との間に、ZnおよびSiがドープされたn型InxGa1-xN(但し、xは0<x<1の範囲である。)層を発光層として具備することを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」

(三)  本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである(以下、分説した各構成要件を、その符号に従い、「本件発明の構成要件A」のように表記する。)。

A n型窒化ガリウム系化合物半導体層と、p型窒化ガリウム系化合物半導体層との間に、n型InxGa1-xN(ただし、xは0<x<1の範囲である。)層を発光層として備えている。

B 発光層にZn及びSiをドープしている。

C 窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。

4  被告は、別紙「物件目録」記載の発光ダイオードチップ(以下「被告物件」という。)及び被告物件を組み込んだLEDランプ(以下「被告ランプ」という。)をそれぞれ製造し、平成八年九月一九日から平成九年四月末日までの期間、被告物件を単体で二〇一万三七二七個、被告ランプを六五万九六九九個、それぞれ販売した。右期間の合計販売金額は、被告物件が一億五九三七万二八九七円、被告ランプが六六四四万六九九五円である。

5  原告は、被告に対し、平成八年七月二九日到達の警告状(乙第一四号証)において、本件実用新案権に係る実用新案技術評価書(甲第三号証)を提示して、被告の製造・販売に係る窒化ガリウム系発光ダイオードランプに用いられているチップが本件考案の技術的範囲に属する旨を警告した。

二  争点

1  被告物件が本件考案の技術的範囲に属するかどうか。殊に、被告物件が本件考案の構成要件B、D及びEを充足するか。

2  被告物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうか。

3  本件実用新案権侵害についての被告の過失の有無

4  本件実用新案権及び本件特許権に基づく各請求に対する「先願特許実施の抗弁」の成否

5  本件特許権に基づく請求に対する「自由技術の抗弁」の成否

6  原告の損害額

三  当事者の主張

1  争点1(被告物件が本件考案の技術的範囲に属するかどうか)について

(原告の主張)

被告物件の層4、層5及び層6は、n型窒化ガリウム系化合物半導体層であり、そのうち層5が本件考案の「第1の半導体層」に該当し、層8及び層9は、p型窒化ガリウム系化合物半導体層であり、そのうち層9が本件考案の「第2の半導体層」に該当し、電極層11は、本件考案の「透光性の第2の電極層」に該当し、被告物件は、本件考案の構成要件A、C及びFを充足する。

電極層10は、別紙「物件目録」の図面(以下「目録図面」という。)記載のとおり、本件考案の「第1の半導体層」に該当する層5の表面の、「第2の半導体層」に該当する層9(矩形の平面からその一つの隅部を含む領域が切欠された平面形状を有する。)の切欠隅部に対応する箇所に形成されているので、本件考案の「第1の電極層」に該当し、被告物件は、本件考案の構成要件Bを充足する。

台座電極12は、ワイヤボンディング用の電極であり、目録図面記載のとおり、本件考案の「透光性の第2の電極層」に該当する電極層11の隅部に形成されており、被告物件は、本件考案の構成要件Dを充足する。

本件考案の「第1の電極層」に該当する電極層10と、本件考案の「ワイヤボンディング用の台座電極」に該当する台座電極12とは、目録図面記載のとおり、基板2の矩形面の投影面の対角線上の位置に対応する位置に配置されており、被告物件は、本件考案の構成要件Eを充足する。

したがって、被告物件は、本件考案の技術的範囲に属し、その製造・販売は、本件実用新案権を侵害する行為に該当する。

(被告の主張)

本件考案は、窒化ガリウム系化合物半導体発光素子に係る平成五年五月三一日付け特許出願(特願平五-一二九三一三号。以下「原特許出願」という。)からの平成八年一月二五日付け分割特許出願(特願平八-一一〇四四号)について、同年二月六日に実用新案登録出願に変更し、平成五年法律第二六号による改正後の実用新案法の下で、特許庁での審査を受けることなく、平成八年五月二九日に設定登録されたものであり、原特許出願の願書に添付された図面・図3、本件実用新案権の願書に添付された図面・図1に記載されているように、第1及び第2の電極層が各々第1及び第2の半導体層の隅部で対角線上に形成されることを特徴としている。しかるに、被告物件においては、目録図面・図2に示されているように、電極層10が形成されているのは第2の半導体の切欠隅部ではなく、また、台座電極12が形成されているのは透明電極層11の隅部ではない。さらに、電極層10及び台座電極12は、その基板に対する大きさからすれば、対角線上の位置にあるとはいえない。したがって、被告物件は、本件考案の構成要件B、D、Eを充足せず、その技術的範囲に属しない。

2  争点2(被告物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうか)について

(原告の主張)

被告物件は、窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であって、層4、層5及び層6がn型窒化ガリウム系化合物半導体層であり、層8及び層9がp型窒化ガリウム系化合物半導体層である。そして、n型窒化ガリウム系化合物半導体層とp型窒化ガリウム系化合物半導体層との間に、Si及びZnがドープされたn型InGaN層である層7を発光層として備えている(なお、層7におけるGaとInとの組成比率は、Ga:In=0.89:0.11である。)。したがって、被告物件は、本件発明の構成要件AないしCをすべて充足し、本件発明の技術的範囲に属するものであり、その製造・販売は、本件特許権を侵害する行為に該当する。

(被告の主張)

(一) 被告の主張その一

本件発明は、発光効率及び発光強度の増大をその作用効果とするものであるが、平成二年一二月二六日に被告らによって特許出願され、平成四年八月三一日に出願公開された「窒化ガリウム系化合物半導体レーザダイオード」に係る発明(特願平二-四一四八四三号、特開平四-二四二九八五号。以下「被告A発明」という。)、平成二年四月二七日に被告らによって特許出願され、平成四年一月一四日に出願公開された「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」に係る発明(特願平二-一一四一九一号、特開平四-一〇六六五号。以下「被告B発明」という。)に照らせば、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載された構成のみでは、公知技術である被告A発明と被告B発明との単なる寄せ集めによる作用効果を奏するにすぎないというべきであるから、本件発明の技術的範囲は、具体的に発光強度が示されている実施例の構成を参酌して定めるほかはない。そして、本件発明の実施例に示された発光強度、発光効率が特定の「n型窒化ガリウム系化合物半導体層」及び「p型窒化ガリウム系化合物半導体層」との組み合わせによって実現されていることをも考慮して、本件発明の技術的範囲を限定的に解すべきである。

本件発明の実施例では、「n型窒化ガリウム系化合物半導体層」は、具体的にはSiを1×1020/cm3ドープしたn型GaN層である。これに対し、被告物件では、右のSi濃度に相当する高キャリア濃度のn+層5とInGaN層7の間に、低キャリア濃度のGaNのn層6が存在している。本件発明の実施例では、単に高濃度のSiをドープしたn型GaN層を用いているが、被告物件では、GaNの単結晶についてはSiを多く加えると結晶性が劣化するため、層5の上に直接層7を形成すると層7の結晶性に悪影響が及んで発光効率、発光強度が損われることから、層5より結晶性の優れたSi濃度の低い層6を介在させ、高キャリア濃度のGaN層5と低キャリア濃度のGaN層6との組合せとすることによって、層7の結晶性を良好なものとし、層7の発光効率、発光強度の向上を実現している。

また、本件発明の実施例では、「p型窒化ガリウム系化合物半導体層」は、具体的にはMgを2×1020/cm3ドープしたp型GaN層である。これに対し、被告物件では、MgがドープされたGaAlN層8とMgがドープされたGaN層9からなり、GaInN層7に直に接している層はGaAlN層8である。GaInN層7に接している層の組成は、ダブルヘテロ構造に直接影響を与える要素であり、被告物件においては、本件発明の実施例のダブルヘテロ構造とは異なる組成の選択をしている。被告物件における層8の組成の選択は、被告物件の発光効率を向上させる上で極めて重要な働きをしている。

そうすると、被告物件は、本件発明の実施例に示された層構成とは異なる層構成によって、発光効率、発光強度の向上を実現しているものであるから、本件発明の構成要件A所定の「n型窒化ガリウム系半導体層」及び「p型窒化ガリウム系半導体層」を備えているとはいえず、本件発明の技術的範囲に属するものではない。

(二) 被告の主張その二

本件発明は、InGaN層を発光層とするダブルヘテロ型GaN系発光素子につき、ZnとSiの両方を発光層にドープするという構成によって、発光強度が増大するという作用効果を奏するものであるが、SiがドープされたInGaN層を発光層とするダブルヘテロ型GaN系発光素子は、「ジャーナル オブ アプライド フィジックス三二巻」(乙第一二号証)によって、また、n型の窒化ガリウム系化合物半導体層とi型の窒化ガリウム系化合物半導体層からなるMIS型窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、発光層であるi層のドーピング元素としてZnとSiを共に添加すること、ZnとSiのドーピングの割合を変えると発光色が変わることは、いずれも被告B発明の公開特許公報(乙第八号証)によって、それぞれ開示されている。

これらの公知技術に加えて、本件特許明細書の記載、殊に実施例及び比較例の各特性や、発光層にドナー及びアクセプタとしてドーパントを添加して発光色すなわち主発光波長を調節することは当業者に容易であり、その場合にドーパントの添加量を多くすれば発光強度が増大することも当然に予想されるものであること、本件発明の実施例についてシリコンのドープ量が亜鉛のドープ量に対し数倍となっている点を強調する後記の原告の主張内容(原告の反論(一)参照)などを併せみれば、本件発明の技術的意義は、むしろ、Zn及びSiの濃度を実施例1ないし3のように変えても、発光層に形成される主たるバンドギャップの大きさが変わらず、右実施例のようなドーパント濃度条件下では、発光色すなわち主発光波長がInの添加量により決定され、Zn及びSiの量によって変化しないというところにあり、本件発明は、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載されてはいないものの、シリコンのドープ量が亜鉛のドープ量の数倍になることをその構成要件とするものというべきである。

被告物件では、ZnとSiの濃度はいずれも1018/cm3のオーダーであるが、Zn及びSi添加の目的は所望の青色発光の波長調節にあり、その濃度については適度な発光強度が得られるものが選択されているにすぎない。また、被告物件の設計条件では、主発光波長はZnとSiの濃度によって変わっている。さらに、被告物件では、SiとZnの濃度はほぼ同程度(SiがZnの一・二ないし一・三倍程度)である。

したがって、被告物件は、本件発明の技術的範囲に属しない。

(原告の反論)

(一) 被告の主張その一に対して

本件発明は、Zn及びSiがドープされたn型InxGa1-xN層を発光層として具備することを特徴とする半導体発光素子であるのに対し、被告A発明は、このような層を有する発光素子ではない。また、本件特許明細書には、本件発明の作用効果として、ドナー及びアクセプタのペア発光の数が増加することにより青色発光強度が増大すること(段落【0010】)、主発光波長についてはInGaN中のInのモル比を変えることによって赤色から紫色まで自由に調節することができること(段落【0025】)が記載されているが、被告A発明に係る公開特許公報(乙第七号証)には、このような作用効果について何ら開示されていない。

次に、本件発明は、n型窒化ガリウム系化合物半導体層とp型窒化ガリウム系化合物半導体層の組合せを用いる発光素子であり、Zn及びSiがドープされたn型InxGa1-xN層を発光層とするのに対し、被告B発明は、n層とi層との組み合わせを用いる発光素子であって、その公開特許公報(乙第八号証)は、本件発明の構成を何ら示唆するものではない。また、本件発明では、前記のとおり、ドナー及びアクセプタのペア発光の数が増加することによって青色発光強度が増大し、主発光波長についてはInGaN中のInのモル比を変えることによって赤色から紫色まで自由に調節することができるという作用効果を奏するのに対し、右公開特許公報は、右の作用効果を奏することについて何ら示唆するものではない。さらに、右公開特許公報では、本件発明の実施例についての「シリコンを5×1019/cm3、亜鉛を1×1019/cm3ドープした」との記載に見られる、シリコンのドープ量が亜鉛のドープ量に対し数倍となるような事例も存在しない。

したがって、本件発明は、被告A発明及び被告B発明の単なる寄せ集めではなく、その技術的範囲が実施例の構成に限定される理由はない。

(二) 被告の主張その二に対して

乙第一二号証には、pn接合型窒化ガリウム系化合物半導体発光素子のInGaN発光層にSiをドープすることは記載されていても、Znをドープすることについては記載されていないし、示唆もされていない。また、被告B発明に係る公開特許公報(乙第八号証)は、本件発明の構成要件及び作用効果を開示するものではないことは、前述したとおりである。乙第一二号証に係る技術及び被告B発明は、本件発明とは異なるものであり、この点は、本件特許権に対する無効審判の請求を成り立たないとした審決(甲第三〇号証)に照らしても明らかである。さらに、被告B発明がMIS型発光素子に関するものであるのに対し、乙第一二号証に係る技術は、pn接合型発光素子に関するものであって、両者は発光機構を異にし、これらを組み合わせること自体、根拠がない。

本件発明においては、ZnとSiに関する構成要件は、本件特許明細書の特許請求の範囲に基づく限り、ZnとSiの具体的な濃度又はそれらの割合ではなく、InGaN発光層にZn及びSiをドープしてn型とすることであり、主発光波長がZn及びSiの濃度によって変化するか否かは、本件発明の技術的範囲を定めるについて何ら影響しない(なお、主発光波長がZn及びSiの濃度によって変化する場合は、当業者は必要に応じてInの組成比を調整して主発光波長を決定できる。)。

したがって、被告の主張するように、本件発明の技術的範囲について、実施例を採り上げて、限定的に解釈すべき理由はない。

被告物件は、InGaN発光層にZnとSiを添加してn型としているのであって、これにより本件発明の効果である発光強度の増大を得ているのであり、また、1018/cm3というZnとSiの濃度についても、本件発明の実施例をそのまま用いているから、本件発明の技術的範囲に属する。

3  争点3(本件実用新案権侵害についての被告の過失の有無)について

(原告の主張)

被告は、本件考案の技術的範囲に属する被告物件を製造・販売して、本件実用新案権を侵害したものであり、これについて少なくとも過失がある。

(被告の主張)

平成五年法律第二六号による改正後の実用新案法においては、特許法一〇三条の過失の推定規定が準用されていない(実用新案法三〇条参照)。これは、実用新案が特許庁の審査を経ることなく登録されるので、登録された実用新案の有効性が公的に担保されず、単に実用新案が登録されたという事実のみで一般第三者の過失を推定することはできないという配慮によると考えられる。そして、実用新案法では、技術評価書を提示して警告を行なうことを実用新案権行使の条件としているが(同法二九条の二)、本件のように技術評価書の評価が「2」(当該考案が進歩性を欠如するものと判断されるおそれがある。)である場合には、有効な権利の存在を推定させるものではなく、むしろ無効な権利であることの推定が働く。したがって、評価「2」の技術評価書によって警告を受けた者には、仮に後に裁判所によって実用新案権侵害の判断がなされることがあっても、そのことについて過失があるとはいえないと解すべきである。

本件においては、被告物件は、平成九年四月に販売が終了し、その後本件対象外の新製品に切り変わっており、同月以前に評価「6」(特に関連する先行技術文献を発見できない。)の技術評価書が得られて、その技術評価書に基づく警告がなされていない以上、仮に被告物件の製造・販売が本件実用新案の侵害に当たるとしても、被告には過失があるとはいえない。

したがって、被告は、本件実用新案権の侵害を理由とする損害賠償責任を負うものではない。

4  争点4(「先願特許実施の抗弁」の成否)について

(被告の主張)

被告は、本件考案の実用新案登録出願の日である平成五年五月三一日及び本件発明の特許出願の日である同年三月五日のいずれよりも前に出願された第二六二三四六六号特許権(平成二年二月二八日出願。以下「被告第一特許権」という。)及び第二六六六二二八号特許権(平成三年一〇月三〇日出願。以下「被告第二特許権」という。)を有しており、特許法六八条によってこれを専ら実施する権利を有しているところ、被告物件は、さらに左記の構成を備えており、被告第一特許権及び被告第二特許権に係る各発明を実施したものである。したがって、被告は、被告物件の製造・販売が本件実用新案権及び本件特許権を侵害することを理由とする本訴請求に対し、特許法六八条に基づき、「先願特許実施の抗弁」を有する。

SiがドープされたGaNからなる層5、層6は、有機金属化合物気相成長法により形成され、気相成長時に導入されたSiを含むことによって、それぞれの抵抗率が1.0×10-2Ω・cm及び4.5×10-2Ω・cmであり、Mgがドープされた層8、層9全体に均一に電流が流れる。

(原告の主張)

被告第一特許権及び被告第二特許権に係る各発明と本件発明及び本件考案とは、異なる構成要件から成る異なる技術思想であり、ある技術態様が被告第一特許権及び被告第二特許権に係る各発明の技術的範囲に属すると同時に、本件発明あるいは本件考案の技術的範囲にも属することがあり得ることは、多言を要しない。その場合には、被告第一特許権及び被告第二特許権に係る各発明の技術的範囲に属する技術態様であっても、これを原告に無断で実施した場合には、本件特許権あるいは本件実用新案権の侵害となる。このように、たとえ先願特許発明の実施であっても、後願の他の特許発明や登録実用新案の技術的範囲にも属し、その特許権や実用新案権の侵害を構成することがあり得るのであるから、「先願特許の実施」であるからといって、それだけで直ちに本件実用新案権や本件特許権の侵害に対する抗弁が成立することにはならない。したがって、被告の「先願特許実施の抗弁」は、適法な抗弁たり得ない。

5  争点5(「自由技術の抗弁」の成否)について

(被告の主張)

本件発明は、GaInNを発光層としたダブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子で、発光層にSiとZnをドープしたことを特徴とするものであるが、以下に述べるとおり、本件特許権の特許出願日より前に被告によって特許出願され、公開されていた被告A発明及び被告B発明から容易に推考されるもの、あるいは右各発明の単なる寄せ集めにすぎないものであり、何人も自由に実施することのできる技術である。

まず、被告A発明に係る公開特許公報(乙第七号証)には、レーザダイオードに不可欠であり、発光ダイオードの素子構造でもあるダブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子構造が開示されており、本件発明と被告A発明は、発光層にZn及びSiをドープすることが開示されているか否かの点で相違するだけである。また、被告B発明は、MIS型の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子においてドナー及びアクセプタとしてSiとZnを混入した発光素子の発明であり、その公開特許公報(乙第八号証)には、特許請求の範囲として「n型の窒化ガリウム系化合物半導体(Alx Ga1-xN;x=0を含む)からなるn層と、i型の窒化ガリウム系化合物半導体(Alx Ga1-xN;x=0を含む)からなるi層とを有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、前記i層のドーピング元素は、亜鉛(Zn)とシリコン(Si)であることを特徴とする発光素子。」と記載されている。

MIS型にしても、pn接合を用いたダブルヘテロ構造にしても、ドナーやアクセプタを混入した発光素子の技術は、広く半導体の発光素子技術に共通する一般的なものである。ただ、ドナーやアクセプタになり得る様々な元素のうち、どの元素の組合せが適当であるかはGaN系と他の半導体(例えばGaAs系)で当然に同じとはいえない。しかし、被告B発明にかかる公開特許公報(乙第八号証)には、Zn及びSiがGaN系半導体発光素子のドナー、アクセプタとして適当であることが開示されているので、この知見を被告A発明に係るダブルヘテロ構造のGaN系半導体発光素子に適用して本件発明を想到するのは、当業者にとって容易である。この点は、本件特許明細書の「発明が解決しようとする課題」欄の記載等からも明らかである。

したがって、本件発明は、被告A発明及び被告B発明から容易に推考されるもの、あるいは右各発明の単なる寄せ集めにすぎないものであり、何人も自由に実施することのできる技術というべきであり、被告物件の製造・販売は、本件特許権を侵害する行為に該当しない。

(原告の主張)

前記のとおり、被告A発明及び被告B発明に係る各公開特許公報(乙第七号証及び第八号証)は、本件発明の構成要件及び作用効果を開示するものではなく、被告A発明及び被告B発明と本件発明とは、構成・作用効果が異なる全く別の発明である。本件発明は、被告A発明及び被告B発明から容易に推考されるものでも、右各発明の単なる寄せ集めでもなく、何人も自由に実施することのできる技術とはいえない。

6  争点6(原告の損害額)について

(原告の主張)

被告物件の単価は、一個当り七九・一四円(合計販売金額一億五九三七万二八九七円÷販売個数二〇一万三七二七個)であり、被告ランプの単価は、一個当り一〇〇・七二円(合計販売金額六六四四万六九九五円÷販売個数六五万九六九九個)である。被告物件の製造原価は、一個当り二五円を上回らず、被告ランプの製造原価は、一個当り三五円を上回らない(甲第三三号証。なお、原告の同種製品の製造原価が右金額よりも低額であることに照らしても、右金額は妥当である。)。そうすると、被告物件について、被告がその販売によって取得する限界利益は一個当り五四・一四円(単価七九・一四円-製造原価上限二五円)、平成八年九月一九日から平成九年四月末日までの間の合計販売利益額は一億〇九〇二万三一七九円(五四・一四円×二〇一万三七二七個)と算定され、また、被告ランプについて、被告がその販売によって取得する限界利益は一個当り六五・七二円(単価一〇〇・七二円-製造原価上限三五円)、右期間の合計販売利益額は四三三五万五、四一八円(六五・七二円×六五万九六九九個)と算定される。

また、弁理士・税理士【J】作成の見解書(甲第三八号証)によれば、右期間の被告物件及び被告ランプの販売による被告の限界利益率は、七三・五パーセントと認められ、右期間の被告物件及び被告ランプの合計販売利益は、一億六五九七万七六二〇円(被告物件及び被告ランプの合計販売金額二億二五八一万九八九二円×七三・五パーセント)と算定される。

したがって、被告は、右期間に少なくとも一億五二三七万八五九七円を上回る利益を得たものということができるから、特許法一〇一条二項に基づき、右金額が本件実用新案権及び本件特許権の侵害行為によって原告の受けた損害額と推定される。

(被告の主張)

被告物件及び被告ランプは、被告が製造、販売したpn接合型窒化ガリウム系発光ダイオードの最初の製品であり、そのため製品の売上に比べて製造開発費が多くかかり、また、生産性も低かったため、売上利益及び営業利益はいずれもマイナスであった(売上高二億二五八一万九八九二円、売上原価四億一三三八万一二六六円、販売費及び一般管理費八四四九万二二三四円)。したがって、被告は、平成八年九月一九日から平成九年四月末日までの間、被告物件及び被告ランプの製造・販売によって利益を受けているものではなく、原告が一億五二三七万八五九七円の損害を受けたものと推定し得るものではない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告物件が本件考案の技術的範囲に属するかどうか)について

1  弁論の全趣旨によれば、被告物件の層4、層5及び層6は、n型窒化ガリウム系化合物半導体層であり、そのうち層5が本件考案の「第1の半導体層」に該当し、層8及び層9は、p型窒化ガリウム系化合物半導体層であり、そのうち層9が本件考案の「第2の半導体層」に該当し、電極層11は、本件考案の「透光性の第2の電極層」に該当するものと認められる。したがって、被告物件は、本件考案の構成要件A、C及びFを充足する。

2  次に、被告物件が本件考案の構成要件Dを充足するかどうかについて検討する。

甲第二号証によれば、本件実用新案明細書には、次の記載がされていることが認められる。

(一) サファイア基板の半導体層非形成面でチップをリードフレームにマウントした構造の発光素子は、チップサイズを小さくできるという利点はあるが、窒化ガリウム系化合物半導体層(特に最上層のp型層)に形成された電極によって発光光が遮られ、発光光取り出し効率が低下するという欠点がある。つまり、電極に金線等をワイヤーボンディングする際、ボンディング位置の電極面積は、金線の太さに合わせてある程度の大きさを必要とするため、その位置が発光面の中心部にあると、その中心部の電極、ワイヤーボンディングの際にできるボール等で発光光が遮られることになる。(段落【0007】)

(二) 本考案は、‥‥発光素子からの発光光をできるだけ遮ることなく外部に取り出し得る構造を提供することを主目的とする。(段落【0008】)

(三) 本考案の発光素子は、‥‥第2の半導体層(p型層)13上の電極層15に形成された台座電極16が第2の電極層15の隅部でワイヤーボンディングを行うことができるため、電極やボールにより発光光が遮られることが抑制され、効率よく外部へ発光光を取り出すことができる。(段落【0024】)

(四) 本考案によれば、‥‥発光光をできるだけ遮ることなく外部に取り出し得る窒化ガリウム系化合物半導体発光素子構造が提供される。(段落【0029】)

本件実用新案明細書の右各記載からすれば、本件考案は、電極がある程度の面積を必要とするので、それが発光面の中心部にあると、その電極やワイヤーボンディングの際にできるボール等で発光光が遮られることから、発光光をできるだけ遮ることなく外部に取り出し得るようにするために、台座電極について「第2の電極層の隅部」に配置するという構成を採ったものであって、これに本件考案の構成要件A所定の「第2の半導体層」の平面形状や、「隅」という語が一般に「囲まれた区域のかど」、「場所の中央でない所」という意味を有すること(広辞苑第五版参照)などをも併せ考えれば、構成要件Dにいう「第2の電極層の隅部」とは、ある程度の面積を必要とする台座電極についての第2の電極層上の配置場所として、第2の電極層の平面上の突出部付近の場所で、かつ、第2の電極層の平面上の中心部付近でない場所を意味するというべきである。

被告物件においては、別紙「物件目録」の「構造の説明」欄の記載及び目録図面・図2に示されたとおり、本件考案の「第2の電極層」に該当する電極層11は、矩形からその一つの隅部を含む領域を切欠した平面形状を有するのに対し、電極層11表面に形成された台座電極12は、平面が正方形状であり、その一端がチップの中心点、すなわちチップの平面を縦横各々二等分する仮想線A-A及びB-Bの交点にあり、正方形の右一端から延伸された二辺が右仮想線A-A及びB-Bに接する位置に形成されている。そうすると、被告物件の台座電極12は、もはや電極層11の平面上の中心部付近でない場所に形成されているとはいえず、被告物件は、構成要件Dを充たすものではないというべきである。

3  以上によれば、被告物件は、本件考案の技術的範囲に属するものとはいえないから、原告の請求のうち本件実用新案権の侵害を理由とするものは、その余の点(争点3、4及び6)について判断するまでもなく、理由がない。

二  争点2(被告物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうか)について

1  弁論の全趣旨によれば、被告物件は、窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であって、層4、層5及び層6がn型窒化ガリウム系化合物半導体層であり、層8及び層9がp型窒化ガリウム系化合物半導体層であること、右のn型窒化ガリウム系化合物半導体層とp型窒化ガリウム系化合物半導体層との間に、Si及びZnがドープされたn型InGaN層である層7を発光層として備えていることがそれぞれ認められる。したがって、被告物件は、本件発明の構成要件AないしCをすべて充足する。

2  被告は、本件発明について、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載された構成のみでは公知技術である被告A発明と被告B発明との寄せ集めによる作用効果を奏するにすぎず、その技術的範囲は実施例の構成を参酌して定めるほかはないとし、本件発明の構成要件A所定の「n型窒化ガリウム系半導体層」及び「p型窒化ガリウム系半導体層」について、実施例に示された層構成に限定して解釈すべき旨を主張するので(被告の主張その一)、この点について検討する。

甲第五号証、第二三号証の一、二、第二四号証によれば、本件発明は、n型窒化ガリウム系化合物半導体層とp型窒化ガリウム系化合物半導体層の組合せを用い、Si及びZnをドープしたn型InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であり、その発光層にSi及びZnをドープすることによって、従来のMIS構造の発光素子に比して、発光効率及び発光強度を格段に増大させることをその作用効果とするものであると認められる。

しかるに、乙第七号証によれば、被告A発明は、青色ないし紫色領域、あるいは紫外光領域での発光が可能な半導体レーザーを得ることを目的とするものであり、その公開特許公報には、((AlxGa1-x)yIn1-yN :0≦x≦1, 0≦y≦1 )からなる層(x=0の場合にはInGaN層となる。)を発光層としたダブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子構造が開示されていることが認められるものの、その発光層にZn及びSiをドープする構成は開示されておらず、右構成による発光効率及び発光強度の増大も何ら示唆されていない。また、乙第八号証によれば、被告B発明は、n層とi層との組み合わせを用いるMIS構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、発光色を変化させることをその作用効果とするものであり、その公開特許公報には、i層にZn及びSiをドープし、Znに対してSiのドーピング割合を変化させることにより、青色、白色、赤色と発光色を変化させ得る旨が記載されていることが認められるが、n型InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構造の発光素子においてその発光層にSi及びZnをドープする構成は開示されておらず、右構成による発光効率及び発光強度の増大も何ら示唆されていない。そして、被告A発明と被告B発明とは、一方がダブルヘテロ構造、他方がMIS構造であり、その発光機構が異なり、これらを組み合わせれば、ダブルヘテロ構造の発光素子を用いて発光強度を増加させることになると当然に言えるものではない。

そうすると、本件発明は、被告A発明と被告B発明との寄せ集めによる作用効果を奏するにすぎないということはできず、本件発明の構成要件A所定の「n型窒化ガリウム系半導体層」及び「p型窒化ガリウム系半導体層」について、本件発明の実施例に示された層構成に限定して解釈すべき理由はない。

したがって、被告の右主張は、採用できない。

3  被告は、「ジャーナル オブ アプライド フィジックス三二巻」(乙第一二号証)に係る技術や被告B発明、本件特許明細書の記載、発光層にドナー及びアクセプタとしてドーパントを添加して発光色すなわち主発光波長を調節することは当業者に容易であり、その場合にドーパントの添加量を多くすれば発光強度が増大することも当然に予想されるものであることなどから、本件発明の技術的意義について、その実施例1ないし3のようなドーパント濃度条件下では発光色がInの添加量により決定され、Zn及びSiの量によって変化しないというところにあると捉え、本件発明は、シリコンのドープ量が亜鉛のドープ量の数倍になることをその構成要件としている旨を主張するので(被告の主張その二)、この点について検討する。

前記のとおり、本件発明は、Si及びZnをドープしたn型InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であり、その発光層にSi及びZnをドープすることによって、従来のMIS構造の発光素子に比して、発光効率及び発光強度を格段に増大させることをその作用効果とするものであると認められる。

しかるに、乙第一二号証には、n型InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、その発光層にSiをドープすることが開示されているが、併せてZnをドープすることについては開示されていないし、示唆もされていない。また、被告B発明の公開特許公報(乙第八号証)には、i層にZn及びSiをドープし、Znに対してSiのドーピング割合を変化させることにより、青色、白色、赤色と発光色を変化させ得る旨が記載されていることが認められるが、n型 InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構造の発光素子においてその発光層にSi及びZnをドープする構成は開示されておらず、右構成による発光効率及び発光強度の増大も何ら示唆されていないことは、前記のとおりである。そして、乙第一二号証に係る技術と被告B発明とは、一方がダブルヘテロ構造、他方がMIS構造であり、その発光機構が異なり、これらを組み合わせれば、ダブルヘテロ構造の発光素子を用いて発光強度を増加させることになると当然に言えるものではない。

右の点に加え、本件特許明細書には、「Zn濃度よりもSi濃度の方を多くすることにより InGaNを好ましくn型とすることができる。」という記載(段落【0009】)や、「主発光波長はInGaN中のInのモル比を変えることによって赤色から紫色まで自由に調節することができ、その産業上の利用価値は大きい。」という記載(段落【0025】)はあるものの、Siのドープ量がZnのドープ量の数倍であることや、主発光波長がZn及びSiの量によって変化しないことを示す記載は一切なく、単に本件発明の実施例において、Siのドープ量がZnのドープ量の四倍ないし五倍になっていたにすぎないこと(甲第五号証、第二三号証の一及び二、第二四号証によって認められる。)などを併せ考えると、本件発明について、シリコンのドープ量が亜鉛のドープ量の数倍になることをその構成要件としていると解すべき理由はない。

したがって、被告の右主張は、採用できない。

4  以上によれば、被告物件は、本件発明の技術的範囲に属するものというべきである。

三  争点4(「先願特許実施の抗弁」の成否)について

被告は、本件特許権より先願の被告第一特許権及び被告第二特許権を有しているところ、被告物件は被告第一特許権及び被告第二特許権の各発明を実施したものであるから、被告物件の製造・販売が本件実用新案権及び本件特許権を侵害することを理由とする本訴請求に対し、特許法六八条に基づく「先願特許実施の抗弁」を有する旨を主張する。

そこで検討するに、特許法は、六八条本文において、特許権者が業として特許発明の実施をする権利を専有する旨を規定するが、特許権者による特許発明の実施であっても、他人の権利との関係において制限され得ることは当然であり、ある特許発明の実施であっても、それがその特許とは別個の他人の特許発明又は登録実用新案の技術的範囲に属するような態様でされる場合には、その他人の特許権又は実用新案権を侵害する行為に該当するものとして、許されるものではない。そして、この理は、その他人の特許発明又は登録実用新案が先願であると後願であるとで異なるところはなく、例えば、ある特許発明が先願の特許発明を利用するものであり、特許法七二条により、その実施について当該先願の特許発明に係る特許権者の許諾が必要な場合であっても、その利用発明が特許として有効に成立している以上、当該利用発明により付加された発明部分はその先願の特許発明において開示された技術思想を超えるものであり、当該先願の特許発明の特許権者が当該利用発明により付加された発明部分までをも自由に実施し得るというものではない。そうすると、被告物件が本件実用新案権及び本件特許権より先願の被告第一特許権及び被告第二特許権の各発明を実施したものであるからといって、それだけで直ちに本訴請求に対する適法な抗弁が成立するものではない。

したがって、被告の「先願特許実施の抗弁」は、その主張自体失当というべきである。

四  争点5(「自由技術の抗弁」の成否)について

前記二2のとおり、被告A発明は、本件発明に係るInGaN層を発光層としたダブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の発光層にZn及びSiをドープする構成並びに右構成による発光効率及び発光強度の増大を開示・示唆するものではなく、また、被告B発明は、n型InGaN層を発光層とするダブルヘテロ構造の発光素子においてその発光層にSi及びZnをドープする構成並びに右構成による発光効率及び発光強度の増大を開示・示唆するものではない。そして、被告A発明と被告B発明とは、一方がダブルヘテロ構造、他方がMIS構造であり、その発光機構が異なり、これらを組み合わせれば、ダブルヘテロ構造の発光素子を用いて発光強度を増加させることになると当然に言えるものではない。

そうすると、本件発明は、被告A発明及び被告B発明から容易に推考されるものでも、右各発明の単なる寄せ集めでもなく、何人も自由に実施することのできる技術とは到底いえない。

右によれば、特許権侵害訴訟において、特許無効の抗弁とは別個に、いわゆる「自由技術の抗弁」なるものを有効な抗弁として扱い得るかどうかはひとまずおくとしても、本件における被告の「自由技術の抗弁」が、その前提を欠き失当であることは明らかである。

五  争点6(原告の損害額)について

1  これまでに検討したところによれば、被告物件及び被告ランプを製造・販売することは、本件特許権を侵害する行為に当たり、原告は、被告に対し、その侵害行為により自己の受けた損害の賠償を請求し得る。

2  ところで、損害額に関する原告の主張は、特許法一〇二条二項に基づいて、被告が本件特許権侵害行為により得た利益の額を原告の損害額と推定するものであるが、ここでいう「利益」とは、純利益を指すものではなく、売上高から売上額に比例して増減する、いわゆる変動経費を控除したものを意味するというべきである。

3(一)  被告物件及び被告ランプの平成八年九月一九日から平成九年四月末日までの期間の売上高(合計販売金額)が合計二億二五八一万九八九二円(被告物件につき一億五九三七万二八九七円、被告ランプにつき六六四四万六九九五円)であることは、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、右期間の変動経費の額について検討する。

この点について、被告は、売上原価が四億一三三八万一二六六円、販売費及び一般管理費が八四四九万二二三四円であり、被告物件及び被告ランプの売上利益及び営業利益はいずれもマイナスであった旨を主張し、その根拠として、乙第二〇号証(平成八年四月から平成九年三月までの期間の被告の製造に係るすべての発光ダイオード製品の損益に関する資料が添付された、被告経理部長作成の陳述書)を提出する(なお、被告は、同号証添付資料記載の各損益額の約三六・六五パーセントが、被告物件及び被告ランプの平成八年九月一九日から平成九年四月末日までの期間の損益額に相当することを前提とする。)。

乙第二〇号証には、右期間の売上高が六億一六一一万二〇〇〇円、製造原価が一三億二〇〇七万四〇〇〇円、販売費及び一般管理費が二億三〇五二万三〇〇〇円である旨が記載されており、また、製造原価中の細目として、比例費が一億〇一八七万七〇〇〇円(製造原価の約七・七二パーセント)、固有費が六億七九八二万二〇〇〇円(製造原価の約五一・五〇パーセント)、配賦費が五億三八三七万五〇〇〇円(製造原価の約四〇・七八パーセント)である旨が記載されている。

しかし、乙第二〇号証が製造原価として掲げる費目の中には、配賦費や減価償却費など、製品の売上額に比例して増減するとは到底いえないもののほか、製品の売上額との増減の関連性が明らかでないものも相当含まれているといわざるを得ない。弁論の全趣旨を総合すれば、製造原価のうちの被告物件及び被告ランプの売上額に比例して増減する性質のものと明らかに認められるのは、比例費約三七三四万円(一億〇一八七万七〇〇〇円×約三六・六五パーセント)のみであり、その余の製造原価については、被告物件及び被告ランプの単価や販売期間、販売数量、発光ダイオード製品の需要状況、被告会社の事業規模など、本件訴訟に提出された全証拠及び弁論の全趣旨により認められる諸般の事情を総合勘案すれば、固有費の約二〇パーセントに当たる約四九八三万円(六億七九八二万二〇〇〇円×約三六・六五パーセント×約二〇パーセント)を変動経費と認めるのが相当である。また、販売費及び一般管理費についても、そのすべてが製品の売上額との増減の関連性を有するものとはいえず、製造原価の場合と同様、本件訴訟に提出された全証拠及び弁論の全趣旨により認められる諸般の事情を総合勘案すれば、その約四〇パーセントに当たる約三三七九万円(二億三〇五二万三〇〇〇円×約三六・六五パーセント×約四〇パーセント)をもって変動経費と認めるのが相当である。

そうすると、被告物件及び被告ランプの平成八年九月一九日から平成九年四月末日までの期間の変動経費の額は、約一億二〇九六万円(売上高の約五三・五六パーセント)であると認められる。

(三)  したがって、被告が右の期間、本件特許権の侵害行為により得た利益の額は、一億〇四八六万円(売上高の約四六・四四パーセント)であるというべきであり、原告は、被告の本件特許権の侵害行為によって、同額の損害を被ったものと推定される(右推定をくつがえすに足りる証拠はない。)。

六  結論

以上によれば、原告の請求は、一億〇四八六万円及びこれに対する平成九年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 村越啓悦 裁判官 中吉徹郎)

<以下省略>

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